ヨシダ・ヨシエさんが書かれている文章に、「切手と姿勢」に関わる興味深い文章がありましたので、ご本人にご許可をいただいて、転載いたします。
岩波書店が発行している「科学」という月刊誌を読んでいたら、切手にまつわる興味深い記事にであった。「Nature」誌に紹介された英国王立協会主催の「科学の新たなフロンティア展2000」で野生チンパンジーの道具使用の文化的変遷についての展示をした折、入場者が一枚の切手を持って現れたというのだ。詳細を述べる余裕はないが、要するに1906年に発行されたその切手のデザインは、野生チンパンジーがシロアリ塚の前で、木の棒を手にしてたたずんでいる場面が描かれているのだ。チンパンジーがシロアリを食べるための道具使用行動が報告確認されたのは、1963年以降のこと、発行年を考えると霊長類学者に衝撃を与えるに充分な事実だということになる。当時よく描かれていたイラストと異なって、チンパンジーやゴリラが歩行する時に、手の第二関節で接地する学者のいうナックルウォークも正確に描かれ、目撃か画像資料という情報がなければ、描けぬようなイメージなのだ。前置きが長くなったが、日常なにげなく使われている切手のデザインというものは、あなどりがたい実証性や資料検討が背後にあるということが判っていただけるとおもう。
1840年、切手は、英国で初めて発行されたが、これはヴィクトリア女王の横顔を描いた一色刷りで、ブラックペニーと呼ばれている。日本は、それから30年後に切手を発行するが、これは、龍切手といわれて、中央に銭百文などと値段を入れ、周囲を龍文で飾っている。つまり国家権威の象徴だったのであり、権力者の肖像や国家の紋章であり、美術品としての価値も問われ、それ故に19世紀後半から、フィラテリーと呼ばれるコレクターが各国に輩出し、市場も形成されている。業界で単片といっている一枚一枚には、権威性と精密正確性とが、あのちいさなパーフ(目打ち=Perfonation)というギザギザのフレームのなかに密度をもって詰め込まれている訳だ。国家の紋付を着た単片が世界を飛び回っている情報記号が切手なのだが、舌でベロっと舐められたりしてして、時には下手糞な書文学の封筒や葉書の隅に、かなり居心地わるそうな末席を与えられ、しみのような消印で汚され、鞄のなかにギュー詰めに押し込まれ、泣きながら世界を飛び回っているアナログ情報の悲しき天使たちよ。フィラテリーとなって利を得ようとするのでもなく、悲しく息苦しい旅を続けてきた。そしていまや国家の権力の象徴でさえなくなった天使のデザインを、やさしい仕草で解き放ち、うつくしいコラージュの空に泳がせてやる伊坂義夫の愛が、いま、あなたの目の前にあるコラージュの紡ぐ夢ものがたりだ。
確か俗語ではコラージュは同棲生活のこともいうはずだが、それはこの際どうでもいい。